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[訃報]川島なお美さん逝く。余命1年!覚悟の舞台。遺書のような物も残されていました。 [俳優]

川島なお美さんがあの世に旅立たれました。(享年54歳)

余命1年を宣告されていました。
手術前に遺書のような物も書き残されていました。


*余命1年!を宣告



川島なお美さんは、2013年7月に病気が発覚しました。
(胆管がん)

川島なお美003.jpg

この時、すでに余命1年を医師から宣告されていたと山田邦子さんが激白していました。
これは、山田邦子さんが9月25日に出演した「白熱ライブ ビビット」で、話していました。

何でも、邦子さんは川島さんの夫、鎧塚俊彦氏と家族ぐるみで付き合いがあり、
鎧塚さんから事前に聞かされていたそうです。

山田邦子さんも2007年に乳がんの手術をしています。
邦子さんは2回の手術と放射線治療ホルモン治療をへて健康を取り戻しました。

ご自身も癌を体験しているので、中島なお美さんの深刻さと怖さ、
嫌というほど解っていたと思います。

なお美さんは、放射線治療を断っていたそうですね。
邦子さんは放射線治療とホルモン治療をしたので生還できたと感じていると思います。

邦子さんとしては、これ気がかりだったでしょうね。

*予兆



2014年1月に手術を受けています。
ガンが発覚してから、半年も後のことでした。
仕事が詰まっていて、手術に踏み切れなかったそうです。

夫の鎧塚俊彦さん、このこと悔やんでいると思います。

なお美さん手術の前に、手術の同意書にたくさんのサインをしました。

この時、
「初めて死というものが身近に感じられてきました」
と言っていました。

*遺言



ワイドショーでこのように紹介されていました。

「手術の後、夕食をいただいた後には、はもしかしてこれが最後の夕食になるかもしれないと思って、遺書のような物を書きました」

「最後の最後まで、力を振り絞って俳優、女優として天寿を全うするって素晴らしいなと思います。つらさ、苦しさ、痛さを伴うのは壮絶ですけど、女優として憧れますね」

「主人が小田原で経営している農園レストランで、私は蝶になって農園を舞います。そして、主人が作ったデザートの、お皿の上に降りてきます」

25日付けのワイドスクランブルより一部引用しました。

やはり、死期を覚悟していたのが解ります。


*最後まで女優でした



自宅マンションの表札はイタリア語で「女優」という意味の
[ATTRICE]と記されていました。

山田邦子さん、25日の午後10時ころ都内の病院でご遺体と対面します。
「赤いワイン色のドレスに着替えさせてあげていました。本当にきれいだった」
と、ワイドショーで話していました。

本当に最後まで女優だったことが解ります。

川島なお美さんのご冥福をお祈りします。m(__)m


*追記:お互いを思いやる心



川島なお美さん手術前、
「(手術から)目がさめたら笑わして欲しい」
と夫の鎧塚俊彦氏にたのんでいたそうです。

それに対して、鎧塚俊彦さんの答えは?

目が覚めた時、目の前に五分刈りの夫の頭が、あったそうです。

「あ・た・ま・・・」
「あんたは天才や」

と、なお美さん感想を自身のブログに上げていました。

また、生前9/23に(死去する前日)、なお美さんは夫の50歳の誕生日の為に、
シークレット誕生会を企画していました。
遺品整理で携帯電話を見て初めて鎧塚氏さんがこの事実を知ります。
フェースブックには「涙が止まりません」と記されていました。

どちらも胸に染みてくるエピソードでした。
本当に、お互いを思いやる良い夫婦だったんですね。


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タグ:川島なお美
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